浦和地方裁判所 昭和43年(ワ)415号 判決 1969年5月22日
原告
吉岡辰治
被告
神ノ田光子
主文
一、被告は原告に対し金三九、〇一〇円およびこれに対する昭和四三年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを七分し、その六を原告の、その一を被告の負担とする。
四、この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
一、当事者の求める裁判
1 原告
(一) 被告は原告に対し二七一、一〇〇円およびこのうち二四一、一〇〇円に対する昭和四三年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2 被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の原因
1(一) 被告は昭和四二年一二月八日午前二時三五分ころ東京都田無市谷戸町二丁目一六番地先の道路で、原告所有の普通乗用自動車(以下本件車という)の助手席に原告を乗せて運転し、田無市方面からひばりが丘駅方面に向けて進行していた際、道路左側の電柱に本件車を接触させさらに対向してきた松尾英雄運転の普通乗用自動車(スガイ交通株式会社所有)に本件車を衝突させた。
(二) 原告は右衝突事故によつて全治二〇日間を要する両膝打撲傷を負つた。
2 被告は前方を注視し、かつハンドル操作を確実にして対向車および道路脇の障害物との衝突事故を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠つて運転した過失により、右事故を発生させたものである。
3 原告は右事故によつて次の損害を被つた。
(一) 本件車の修理費 一六一、一〇〇円
(二) 治療費 二〇〇円
(三) 薬代 八〇〇円
(四) 診断書料(本件訴訟の書証として使用するため) 四〇〇円
(五) 通勤費 五、二八〇円
原告は肩書地の自宅から勤務先の東京都練馬区上石神井西武バス大泉営業所まで本件車で通勤していたが、右事故後本件車を修理に出したため、一二日間、タクシーを利用して通勤し、一日往復四四〇円、一二日間五、二八〇円を要した。
(六) 通院費 三、二〇〇円
原告は東京都練馬区東大泉町五七五番地川満医院にタクシーを利用して八日間治療のため通院した。
(七) その他の交通費 九〇〇円
原告は昭和四三年一月三一日本件事故発生地を所轄する田無警察署に本件訴訟に使用するための自動車事故証明書の交付申請手続に行き、この際タクシーを利用した。
(八) 慰藉料 五万円
(九) 弁護士費用 五万円
原告は自ら被告と損害賠償請求について話し合いを続けたが、被告は話し合いに応ずる意思がなかつたので、本件の紛争の解決を弁護士赤井文彌に委任した。赤井弁護士は被告と再三交渉を続けたが、円満解決にいたらず、本訴を提起した。原告は本訴提起前赤井弁護士に着手金二万円を支払つたほか、成功報酬金三万円を支払う約束をした。
4 よつて原告は被告に対し損害賠償金二七一、一〇〇円(ただし、3の(二)ないし(七)のうち一万円)およびこのうち成功報酬金三万円相当の損害賠償金を除いたその余の分二四一、一〇〇円に対する不法行為日以後の日であり、かつ本件訴状送達の翌日である昭和四三年八月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三、被告の答弁
1 請求原因1の(一)の事実は認めるが、同1の(二)の事実は知らない。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は知らない。
四、被告の抗弁
1 原告は本件事故直前に、被告に対し、本件車の運転によつて将来発生する損害賠償債務を免除する旨の意思表示をした。
2 過失相殺
(一) 被告は昭和三九年七月西武バス株式会社にバスの車掌として雇われ、同会社のバス運転手の原告と組んでバスに乗務し、その後組をやめてからも、時折顔を合わせていたが、昭和四二年退職し、東京都豊島区池袋のキャバレー「日本」のホステスに就職した。原告は本件事故前に二、三回「日本」に同僚らと遊びにきた。
(二) 原告は昭和四二年一二月七日午後七時すぎころ本件車を運転して同僚二人とともに「日本」に遊びにきて、同日午後一一時二〇分ころ被告に対し、本件車で送つてやると言つたので、被告は同僚のホステス二名と原告の同僚二名らとともに本件車に乗つた。原告は本件車を運転し、途中、同僚のホステス二名を下車させ、東京都北区赤羽附近に立ち寄つて同僚の一名と飲酒し、翌日午前一時ころ東京都板橋区赤塚町附近で川越街道に出て間もなく、被告が交替して本件車を運転した。
(三) 被告は東京都練馬区大泉学園附近で対向してくる貨物自動車を避けようとして道路左側に寄つた際、新聞配達員の乗つている自転車に衝突しそうになつたので、原告と運転を交替した。
(四) 原告は同区上石神井で同僚の一名を下車させ、西武バス上石神井車庫附近にきた際、酒気と疲労のため眠気を催し、運転を継続することができなくなり、被告に運転してくれるように依頼して交替した。
(五) 被告は昭和四〇年一〇月運転免許を取得したが、路上での運転経験が数回であり、夜間運転をしたことがなかつた。原告は昭和四一年ころ被告に自動車運転の練習をさせたので、被告の運転技術の程度をよく知つており、のみならず被告は運転を交替する際に、原告に運転経験の少いことを告げた。
(六) 原告は本件事故直前に被告の大腿部辺にふれたので、左手でこれを払いのけ、右手のみでハンドル操作したため、その操作をあやまつた。
(七) ところで原告は運転経験の少い運転者に本件車を運転させてはならず、かつハンドル操作を妨害するような行為をしてはならない注意義務があるのに、前記のとおりこれを怠つた過失により本件事故が発生した。
(八) 原告の過失は損害賠償額の算定にあたつてしんしやくすべきである。
3 相殺
(一) 仮に本件車と松尾英雄運転の普通乗用自動車との衝突事故が請求原因2のとおりの被告の過失および抗弁2のとおりの原告の過失による共同不法行為によつて発生したとすれば、右事故によつて、スガイ交通株式会社所有の右自動車が破損し、七二、九六〇円の修理費を要し、松尾英雄が全治一カ月を要する鞭打症になつた。
(二) そこで被告は昭和四二年一二月九日右両名との間で、同会社に対し七二、九六〇円を、松尾英雄に対し治療費慰藉料として三万円を支払う旨の和解契約を締結し、同会社に対し昭和四二年一二月九日から昭和四三年七月九日までの間に七二、九六〇円を、松尾英雄に対し、昭和四二年一二月中に三万円を支払つた。
(三) 被告は同会社と松尾英雄に全部の賠償をしたが、原告はこのうち半額五一、四八〇円を負担する責任がある。
(四) そこで被告は昭和四三年一二月一二日の本件の第三回口頭弁論期日で、原告の損害賠償債権と求償権五一、四八〇円とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。
五、抗弁に対する原告の認否
1 抗弁1の事実は否認する。
2 同2の(一)の事実は認める。同2の(二)の事実中原告が昭和四二年一二月七日午後七時すぎころ同僚二名とともに「日本」に遊びにきたこと、被告が原告の同僚二名とともに原告運転の本件車に乗つたことは認める。同2の(三)(四)の事実は否認する。同2の(五)の事実中、原告が昭和四一年ころ被告に自動車運転の練習をさせたことは認めるが、その余の事実は否認する。同2の(六)(七)の事実は否認する。
3 同3の事実は否認する。
六、証拠〔略〕
理由
一、請求原因1の(一)の事実は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば同1の(二)の事実が認められる。
二、原被告各本人尋問の結果によれば、本件事故現場附近の道路は本件車の進行方向からみてやや右方にカーブしていたこと、道路の左端に電柱一本が立つていたこと、対向してくる松尾英雄運転の普通乗用自動車が接近しつつあつたことが認められる。ところでこのような場合には、自動車運転者は前方を注視し、かつハンドル操作を確実にして道路端の障害物および対向車との衝突事故を未然に防止すべき注意義務があるが、被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和四〇年一〇月普通免許を取得したが、本件事故当時までに路上運転の経験が数回であり、かつ夜間運転の経験がなく、運転技術が運転免許取得者としては比較的未熟であつたところ、助手席に乗つていた原告が酒に酔つた余り被告の大腿部辺を手でさわるなどしたので、被告の着用していた和服が乱れ、被告は原告の手を払いのけることに気を奪われ、一時前方を注視せず、かつ右手のみではハンドル操作を確実にできなかつたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は信用しない。
右認定事実によれば、本件事故は被告の過失によつて発生したものということができる。
三、ところで被告は、原告が本件事故発生直前に本件車の運転によつて将来発生する損害賠償債務を免除する旨の意思表示をしたと主張し、被告本人の供述中には、その主張にそう部分があるが、これは、〔証拠略〕にてらして信用できない。このほかに右主張事実を認めるにたりる証拠はない。したがつて右主張は採用できない。
してみると被告は本件事故によつて原告の被つた損害を賠償する義務があるというべきである。
四、そこで原告の賠償すべき損害額について検討する。
1 財産上の損害
(一) 〔証拠略〕によれば、原告が請求原因3の(一)ないし(六)のとおり修理費一六一、一〇〇円、治療費二〇〇円、薬代八〇〇円、診断書料四〇〇円、通勤費五、二八〇円、通院費三、二〇〇円計一七〇、九八〇円の支出を余儀なくされ、同金額相当の損害を被つたものということができる。
(二) 原告は所轄警察署作成の自動車事故証明書の交付申請手続に要した交通費九〇〇円を主張し、自動車事故証明書を甲第一号証として、提出しているが、これによつて証明すべき、原告主張の本件事故の客観的な態様は、本件訴訟では、被告が自白しており、また本訴提起前に被告が右事実を争つていたことを認めるにたりる的確な証拠はない。したがつて、仮に原告が右費用を支出したとしても、これは本件事故と相当因果関係にある損害ということはできない。
(三) (過失相殺)
(1) 被告が昭和三九年七月西武バス株式会社にバスの車掌として雇われ、同会社のバスの運転手の原告と組んでバスに乗務し、その後組をやめてからも、時折顔を合わせ、昭和四一年ころ原告から自動車の運転を教えられたこと、被告が昭和四二年退職し、東京都豊島区池袋のキャバレー「日本」のホステスとして就職したこと、原告は本件事故発生日の前日の午後七時すぎころ本件車を運転して、同僚二名とともに「日本」に遊びにきたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は、「日本」で飲酒等をし、昭和四二年一二月七日午後一一時二〇分ころ被告に対し、自宅(東京都北多摩郡久留米町)まで送つてやると言つて、被告と自己の同僚の岡本功、吉武求を本件車に乗せて運転し、途中東京都板橋区板橋の飲食店に立ち寄つて飲酒し、原告が運転して発車し、途中、原告が小用のため下車したとき、被告が運転席につき、被告に運転させてくれと頼み、原告が助手席に乗つて発車し、約三キロメートル進行した地点で被告の運転技術の未熟のため、対向してきた貨物自動車とすれ違うことができなくなつたため、原告が運転を交替し、その後岡本功を降し、間もなく被告は東京都練馬区上石神井附近で原告に対し、運転させてくれるように頼み、原告は助手席に乗つて発車し、約四キロメートル進行した地点で、時速約四〇キロメートルで進行中、本件事故を起したこと、原告は被告が運転未熟であることを知りながら、前記認定のとおり、手で被告の大腿部辺をさわつたことが認められ、右認定に反する原被告各本人尋問の結果は信用しない。
ところで自動車の助手席に同乗する者は、運転者の前方注視およびハンドル操作を妨害するような行為をしてはならない注意義務があるのに、以上の認定事実を総合すれば、原告は酒酔の余り、漫然と右妨害行為をしたことに過失があるものというべく、原告と被告との各過失の割合は同等と認定するのが相当である。
(2) したがつて右(1)の認定事実によれば被告は前記四の1の(一)の認定の損害額一七〇、九八〇円のうち八五、四九〇円を賠償する義務があるものといわなければならない。
2 慰藉料
原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故の翌日からバスの運転手として勤務していたことが認められ、これに以上認定の諸事実を総合すれば、原告の精神上の苦痛は五、〇〇〇円をもつて慰藉するのが相当である。
五、(相殺)
1 本件車が松尾英雄の運転にかかるスガイ交通株式会社所有の普通乗用自動車に衝突したことは前記のとおりであり、前記認定事実によれば、この衝突事故は原被告の共同不法行為に基づくものというべく、〔証拠略〕によれば、右衝突事故によつて、右会社は右自動車の破損によつて修理費七二、九六〇円を支出し、松尾英雄は全治一カ月間を要する鞭打症を負い、治療費慰藉料を含めて三万円以上の損害を被つたこと、被告は昭和四二年一二月九日から昭和四三年七月九日までの間に、右会社に対し七二、九六〇円を弁済し、昭和四二年一二月中に松尾英雄に対し、三万円を弁済したことが認められ、原告が右会社と松尾英雄の被つた損害額のうち各二分の一を負担する責任のあることは前記認定事実より明らかである。したがつて被告は原告に対し五一、四八〇円の求償権を有するというべきである。
2 被告が昭和四三年一二月一二日の本件の第三回口頭弁論期日で右求償権と原告の被告に対する損害賠償債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは明らかであり、したがつて原告の損害賠償債権残額は三九、〇一〇円となる。
六、(弁護士費用)
〔証拠略〕によれば、原告は弁護士赤井文彌に本件訴訟を委任し、本訴提起前に着手金二万円を支払い、成功報酬金三万円を支払う約束をしたことが認められるが、〔証拠略〕によれば、被告は本件訴訟係属前に右過失相殺と右求償権の問題点をとらえて、被告の原告に対し賠償すべき損害額を争つていたこと、被告は当時五万円前後を支払う意思のあることを表明していたこと、本件訴訟係属後においても同様であることが認められ、右認定事実によれば、被告が自己の損害賠償責任を回避し、不当に原告に対し本訴の提起を余儀なくさせ、かつ不当に応訴したということは到底できず、裁判を受ける権利を正当に行使したものということができる。したがつて右弁護士費用は被告の不法行為に基づく損害であると認定することはできない。
七、そうすると被告は原告に対し、損害賠償金三九、〇一〇円およびこれに対する不法行為日以後である昭和四三年八月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。
八、よつて原告の本訴請求は右認定の限度で正当であるから、これを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿山春男)